散歩道の楽しさ

だいぶ前の話になるが、ロンドンの下町の小さな古本屋で、一冊のバインダー形式の本をみつけた。イギリスの田園の散歩道がみごとなイラストと絵図で紹介され、一ページをはずして、備え付けの透明のビニールの袋にいれ、首からかけて持ち歩きできるようになっている。絵図はほとんどが鳥瞰図になっていて、要所要所に番号がふられて、そのあたりの風景がスケッチされている。おまけに、手帳サイズの付録の本がついていて、これには夏冬の樹木や葉っぱ、野鳥、牛や羊、草花、野生動物、昆虫、犬など、散歩道でみかける自然の図鑑となっている。ややかさ張る本だったが、好奇心に駆られて、買い求めて日本まで運んできた。
 ある雨の日曜日にそれを取り出して、案内を読んでみると、なんとイギリスには、延べ十六万キロもの公認散歩道があるという。それはパブリック フットパスと呼ばれ、大いに利用されているようだ。
 長いゴールデンウイークを狙って、ちょっと外国へゆく格好ではなく、奥多摩の山歩きの姿でロンドンへと向かった。そしてロンドンを素通りして、北部の湖水地方にゆき、おもむろに、くだんの絵図を一枚とりだして、パブリック フットパスなるものを歩いてみた。その楽しさはたちまち私を魅了してしまった。爽やかな風に誘われ、田園や自然の楽しみを満喫すし、思わぬ人との出合いを楽しむ旅は今までかって経験したことのない旅の形だった。そしてイギリス人が羨ましいと思った。

 ところが、最近、思ってもみなかった我が家の近くに、これと同じような散歩道が出現したのだ。もちろん規模は、三キロ程度の長さだが、緑に包まれて、歩く楽しみを十分満喫させてくれる遊歩道だ。東急東横線、日吉駅の近くから西の方に向かって延びる「松の川緑道」は地元の人たちの要望を良く反映して、昔の河川敷きの上につくられた、緑の豊かな遊歩道だ。要所要所にベンチが設けられ、
住宅地の間を縫って行く。その間に泉やせせらぎ、慶應大学のラグビー、サッカー、ホッケー、野球場などを眺めながらゆく。そして植えられた樹木だけではなく、木のつくるトンネル、季節をめぐる草花がつぎつぎと楽しめる。