私の書いた本をご紹介します。これはできたてのホヤホヤです。

その1  旅名人ブックス 『オランダ』栄光の17世紀を行く

ISBN4-8222-2680-8 発行 日経BP社 日経BP出版センター

文 田辺雅文、写真 藤塚晴夫   定価 (本体1500円+税)

今からちょうど400年前の慶長5年(西暦1600年)4月19日
朝、豊後水道に面した臼杵の沖合いに、三本マストの幽霊船
のようにくたびれた船が漂着した。これは五隻の船団で
アムステルダムを出航、大西洋から南米の西岸を南下し、
未踏にちかい難所、マゼラン海峡をぬけ、大平洋を斜めに
横切って息絶え絶えでたどりついた、リ-フデ号。乗組員は、
航海士ウイリアムアダムス以下たった24人が生き残っていた。

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その時の日本、徳川家康が五大老の筆頭として、大阪城に入り、五カ月後にはじまる天下分け目の関ヶ原の合戦を迎える、秀吉後の覇権争いのまっただ中。この巡り合わせが日本
の将来をおおきく運命づけたとも言える。

西洋の大航海時代はすでにポルトガル、スペインの地位を地球規模に押し上げ、商業の覇権は、中世からルネッ
サンスにかけて繁栄したベネチアから、リスボンに、そしてアントワープに移っていた。胡椒が莫大な富を
もたらし、中南米の金、アフリカの奴隷が貿易の中心だった時代。世界最大の領地を支配したスペインの
フィリイペ2世はなんとプロテスタント弾圧にのりだす。

アントワルペンを命からがら逃げ出した商人たちは、結束
して独立し、世界はじめての規模の株式会社、オランダ連合
東インド会社を設立、1604年には、アムステルダムからイン
ドネシアのジャカルタ(当時のバタビア)を太い線でむす
び、そこから、放射線上に航路を開いて、今でいう総合商社
をつくりあげた。そしてその繁栄が二百年も続き、なんと
1300%の配当率をつくりあげる。

以下は拙著、「オランダ、栄光の17世紀を行く」日経BP
社刊、旅名人ブックスをご覧あれ。この本はオランダ各地
をあるき、オランダ側から日本をみて語る、エッセイタイプ
のガイドブック。美しい写真も豊富に入っている。